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CHICAGO samurai


アリヨこと有吉須美人氏。「シカゴブルースの殿堂」入り。(2017/10/15)
ビリー・ブランチ&サンズ・オブ・ブルースのピアニストとして長年シカゴで活動してきたアリヨ氏、堂々の殿堂入り。 ”ボス”、ビリー・ブランチから賞状を受け取ったアリヨ氏。 2017年10月15日、シカゴ市内のブルースライブハウス、バディガイズ・レジェンズにて「2017年シカゴ・ブルースの殿堂(Chicago Blues Hall of Fame」伝達・表彰式が行われた。今年で5回目。毎年、シカゴのブルースシーンに貢献したミュージシャンや団体に贈られる栄誉あるこの賞を、有吉氏は日本人(東洋人)として初めて受賞した。 アリヨ氏が最初にシカゴに渡ったのは1983年。Jimmy Rogers Blues Band に加入して全米~カナダをツアー、1987年には「シカゴ・ブルース・フェスティバル」に東洋人として初めて出演するなど着実にキャリアを積んでいった。1988年、Otis Rush ヨーロッパ公演参加後に帰国。憂歌団、ウエストロード・ブルース・バンド、近藤房之助、上田正樹、甲本ヒロトらとセッションを重ね、2000年に再渡米。ハーモニカのビリー・ブラン
2018年3月29日読了時間: 6分


ジャズシンガー、ポール・マリナロ救済コンサート。シーラ・ジョーダンら豪華ゲストが参加。
持病の憩室炎が悪化し、昨年のクリスマスに緊急手術。すべてのコンサート予定のキャンセルを余儀なくされたシカゴのジャズシンガー、ポール・マリナロ。今後も数回の手術を要し、我慢の日々を送る彼を励ますため、シカゴのジャズ界が立ち上がり資金集めのコンサートが開かれた。スペシャルゲストとして、ニューヨークからシーラ・ジョーダンも駆け付けた。89歳が44歳を励ます夜に、超満員の観客は酔いしれた。 会場は、シカゴの老舗ジャズライブハウス、「Jazz Showcase」。創業1947年。 アート・ブレイキー、フレディ・ハバード、デクスター・ゴードンなど名だたるジャズメンたちがこの店で演奏し、今もと欄ペッたー、ロイ・ハーグローブらのシカゴでのホームになっている。今年で92歳になる創業者のジョー・シーゲルは、シカゴ、アメリカのジャズシーンを支え続けてきた功労者。それだけに、ミュージシャンを息子や孫のように想う気持ちが強い。このようなとき、この店はいつもこうやって温かい手をさしのべる。 このコンサートをとりまとめたのは、ポールの親友でオスカー・ピーターソンの末娘、セリー
2018年3月2日読了時間: 3分


今も変わらぬ音楽への慈愛。「南こうせつ・コンサート」
雪のシカゴに、フォークの神様が舞い降りた。「かぐや姫」から40年。オリジナルキー変えずに歌い続ける名曲の数々に、フォーク世代は酔いしれた。
日本から毎年ゲストアーティストを迎えて開かれる、シカゴ日本商工会議所(JCCC)主催の恒例の新年会。今年のゲストは南こうせつ氏。言わずと知れたあの伝説のフォークグループ「かぐや姫」のメンバー&ボーカルにして、日本の70年代フォークを牽引した人物だ。
2018年1月16日読了時間: 4分


シカゴの新年は、バディ・ガイのブルースで始まる。
御年81歳。シカゴのブルースアイコン、バディ・ガイが、毎年恒例の「バディガイ月間」で相変わらず元気で艶やかな姿を見せた。 日替わりのオープニングアクトも楽しみの一つ。今日はリンジー・アレキサンダー。 こちらもバディにおとらず、70歳を過ぎてますますアグレッシブなブルースマンだ。最近は息子のニコラス(16歳)も一緒にステージに立つ。シカゴのブルースマン2世たちは、こうやって子供のころから実戦で磨かれていくのだ。 第2部、バディ・ガイが登場。場の空気がガラッとかわる。毎回同じ曲、同じ構成なのに、やはり出てくるときはオーラが放たれる。本日は鮮やかな朱赤のスーツ。(彼は色違いのスーツを15着用意しているらしい。) 店の中は90%が州外からの観光客。毎年彼の姿を確かめに来る熱狂的ファンも多い。 いつものように「Damn Right, I Got The Blues」で華やかに幕を開け、右へ左へと”流し目”よろしく大サービス。年齢と共にMCのほうが長くなってきている感は否めないものの、張り上げる声の勢いと艶は全く年齢を感じさせない。午後11時ごろから始まって
2018年1月13日読了時間: 2分


<第12回>シカゴ・ブルース・フェスティバル 2017 (2017.6.9 - 6.11)
第34回目を迎えた世界最大の野外無料ブルースフェスティバル「シカゴ・ブルースフェスティバル」が、6月9日から11日の間、ミレニアムパークで行われた。この3日間はシカゴで今年最高気温を記録する真夏日。それでも、雷雨などの荒天で中断されることもなく野外のフェスには最高の日和だった。 なんといっても特筆すべきは、会場がこれまでのグラント・パークからミレニアムパークに移ったこと。実は、毎年秋に開催される「シカゴ・ジャズフェスティバル」も同様のプロセスを経て一足先に2013年からこの会場に移転しており、今ではすっかり定着している。 クラウドゲイト(通称“ビーン”)後方のプロムナードをはさんで、「バドワイザー・クロスロードステージ」と「ミシシッピ・ジュークジョイントステージ」の二つのステージ、そしてメイン・パヴィリオン裏、ハリスシアターのルーフトップには「フロントポーチ・ステージ」が設置された。会場がより街の中心部に近づいたことで、メイン通りのミシガン通りからもブルースの音色が漏れ聴こえ、道行く観光客が音楽に惹かれて会場にふらふらと入っていく姿も見られた
2017年6月16日読了時間: 9分


「師弟」と「相棒」35年間のJazz Journey。ゲイリー・バートン&小曽根真@SPACE (2017年3月14日)
初めてこのふたりの演奏を間近で見たのは、かれこれ30年ほど前のこと。あの時の衝撃は今も忘れない。Jazzのこともふたりのこともあまりよく知らず、ひとりぶらりと大阪のコンサートホールに足を運んだ私は、そのすさまじさにぶっ飛んだ。なんだかものすごいものを見てしまった、という興奮でまっすぐ家に帰れず、隣のホテルのBarで飲みながら“正気”に戻るのを待ったくらいだ。 当時、ゲイリー・バートンは40歳半ば。すでに3回のグラミー賞を受賞し、ヴィブラフォーンの第一人者として不動の地位を確立していた。一方、バークリー音大で彼の教え子だった小曽根真(当時20代)は、卒業後に米CBSと専属契約を結んで世間をあっと言わせた“日本ジャズ界の新鋭”。満を持しての凱旋公演ということもあって、若い彼のピアノは、夢と希望とアグレッシブな野望にあふれていた。生きる世界は全く違うけれど、この人を見ていると「私は何をやってるんだろう。このままで私の人生はいいのか?」という気持ちにさせられた。なりたかったもの、やりたかったことに蓋をしてだまって働いている人生なんてつまらない、と気づ
2017年3月15日読了時間: 7分
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