Virgil Abloh
6月10日にシカゴ現代美術館で開幕した展覧会『 Virgil Abloh "Figures of Speech" ヴァージル・アブロー「フィギュアズ・オブ・スピーチ (言葉の姿) 」』が大きな話題になっている。ヴァージル・アブローは2018年にルイ・ヴィトンのメンズコレクションのチーフ・ディレクターに就任、黒人 (アフリカ系アメリカ人) として歴史上初めてフランスの高級ブランドのデザイナーになった。白人が主流の伝統的な服飾業界にあって、黒人が進出する突破口を開いたとされ、アメリカでは「ファッション界のオバマ」と呼ばれることもある。
(左)オフホワイト 2014春夏コレクション
Off-White™ c/o Virgil Abloh, Summer/Spring 2014; Courtesy of Off-White™ c/o Virgil Abloh.
Photo: Enrico Ranzato
(右)ルイ・ヴィトン 2019春夏メンズコレクション
Look 39, Louis Vuitton Men’s Collection, Spring/Summer 2019 (“Dark Side of the Rainbow”).
Photo: Louis Vuitton Malletier/Ludwig Bonnet
アブローは実業家、アーティスト、DJでもある。1980年、シカゴ郊外のロックフォード市でガーナ人の両親のもとに生まれたアブローはウィスコンシン州立大学で土木工学を学び、名門イリノイ工科大学の大学院では建築学で修士号を取得。大学院時代にシカゴ出身の人気ミュージシャン、カニエ・ウエストのクリエイティブ・チームのスタッフとしてアルバムや公式グッズのデザインに携わるようになった。2013年にはイタリアで自身のブランド OFF-WHITE (オフホワイト) を設立。ヒップホップ・ミュージックのシンボルとも言えるパーカーやスニーカーなどのストリート・ファッションを、高級素材を使った大胆なデザインで表現し、短期間で人気ブランドに育てた。
展覧会
今回の展覧会はシカゴ現代美術館のチーフ・キュレーター、マイケル・ダーリン Michael Darling が企画し、建築家レム・コールハース が主催するシンクタンク AMO を統括するサミール・バンタル Samir Bantal が空間を構成。アブローの20年にわたる業績を7つのテーマ (Early Work, Fashion, Music, Intermezzo, Black Gaze, Design, The End) のもとに振り返る初めての個展だ。ポップアップストア 「Church & State チャーチ&ステイト (教会と国家) 」もある。
展示空間はアブローが影響を受けて来た出来事や人物をコラージュした巨大壁画から始まる。アメリカ同時多発テロ事件、マクドナルド、シカゴにあるカルダーの巨大オブジェなど。
アブローがシカゴ郊外で育った1980年代から90年代、ヒップホップやスケートボード、大きめのTシャツやデニム、グラフィティ (落書き) が新しい若者文化として定着した。そこから発想を得たアブローの最初のブランド Pyrex Vision (パイレックス・ヴィジョン) が「Early Work 初期作品」に、更に進化したオフホワイトのコレクションが「 Fashion ファッション」に並ぶ。数字「23」はバスケットボール界のスーパースター、マイケル・ジョーダンのシカゴ・ブルズでの背番号。白黒の斜めストライプは横断歩道や駐車場、黄色やオレンジ色は工事現場を連想させ、まさに日常生活にかかわる「ストリート」がアブローの制作のヒントになっていることがわかる。
(左)カニエ・ウエスト『イーザス』アルバム Virgil Abloh, Yeezus Album Art, 2013/19. Courtesy of the artist
(右)パイオニア『 DJM and CDJ 』Pioneer, Pioneer DJM and CDJ. Courtesy of the artist
「 Music ミュージック」ではアブローが手がけたカニエ・ウエストのアルバム・ジャケット『 Yeezus イーザス』や、自身がDJとして日本のパイオニア社と制作した透明な音響機器『 DJM and CDJ 』を展示。「 Intermezzo 間奏」のピンクパンサーのオブジェ『 Pink Panter: Scales of Justice ピンクパンサー:正義のはかり』を経て、今回の展覧会で最も重要な「 Black Gaze 黒人の視点」に移る。黒人と白人をかたどった純白のマネキンの頭上には「 You're Obviously in the Wrong Place (あなたは、どう見ても間違った場所にいる) 」と書かれたネオンサインが輝く。2016年の OFF-WHITE のファッションショーで実際に使われたものだが、アブローのファッション界での立場を考えると実に複雑かつ繊細な意味を持つ。アブローのデザインした鮮やかな色のバッグを持つ黒人の子供の写真シリーズも目を引く。子供に笑顔はなく、その眼差しには緊張感がある。アメリカの綿製品に必ず付いているロゴマーク「 Cotton コットン」は黒と白が反転しており、かつての奴隷制度を連想せざるをえない。
「Design デザイン」ではナイキとコラボレートしたスニーカーや、その試作品がずらりと並ぶ。興味深いのは『Color Gradient Chair カラー・グレディエント・チェア』。簡素なデザインで、20世紀最大の建築家のひとりでシカゴを拠点に活動したミース・ファン・デル・ローエの建物を想起させる。
(左) ナイキとコラボレートしたスニーカー群
Installation view, Virgil Abloh: “Figures of Speech”, MCA Chicago June 10 – September 22, 2019 Photo: Nathan Keay, © MCA Chicago
(右)『カラー・グレディエント・チェア』
Virgil Abloh, Color Gradient Chair, 2018. Courtesy of the artist
「The End 終わりに」ではアブローの最新作でセラミック製の鎖がついたルイ・ヴィトンのバッグなどを展示。数字が光る黒いオブジェ『 dollar a gallon 1ガロン1ドル』は、アメリカの街角によくあるガソリンスタンドの看板を黒く塗り潰したもの。数字はガソリン1ガロンあたりの値段だ。これはアブローが近年コラボレートしている日本の芸術家、村上隆が運営するスペース、東京のカイカイキキで昨年に個展を開いた時に展示された作品。
シカゴ
アブローは以前から「自分たちの世代はブランドのロゴが重要で、広告イメージに影響を受けている」と語っている。今回の展示では実物大のビルボード (巨大看板) が漆黒に塗られている作品『 Negative Space ネガティブ・スペース』があり、画面を消すことで鑑賞者は初めて広告が生み出すイメージそのものについて考えるのだ。
シカゴ現代美術館の前にはアブローがデザインした黒い旗が掲げられており、そこには白い字で『 "Question Everything" 「全てのことに疑問を持て」』。
展覧会に先立ち、メディア向けにダーリン、バンタル両氏と行った対談で、アブローは「この展覧会は日頃は美術館に来ない若い人達に見てほしい。特に自分と同じ肌の色を持つシカゴの若者達が考え、問いかけ、自分の (表現する) 道を見出す機会になれば」と語っていた。
「かつて自分はシカゴ現代美術館がある (華やかな) ミシガン・アベニューに買物に来る消費者だった。消費者から制作者へ、自分は常に文字 (言葉、アイデア) と形 (実体、姿) の間で方法を探している」とも。
展覧会を通して感じるのはアブローの美術史への幅広い知識に加え、黒人としての誇り、そしてシカゴという都市への愛着だ。国際的な有名人となった現在もアブローは夫人、子供達とともにシカゴ市内に住居を構えている。両親がガーナ人であり、奴隷のルーツを持たないアブローにとって、アメリカで黒人が面している状況は満足できないものだったろう。将来は良い方向に変わって欲しい、そのためには若者に考えて欲しい、という強い想いが展覧会には溢れている。
シカゴは全米で三番目に大きい都市。保守的な中西部にあるもののバラク・オバマ前大統領が活動の基盤としたリベラルな土地柄だ。先鋭的なニューヨーク、ロサンゼルスと比べて、穏やかだが最もアメリカ的な都市と言われる。シカゴ郊外で育ったアブローは、平均的な若者が大衆文化で何を欲っするか知っており、自身の経験をもとに分かりやすく、シンプルだが知的で含みのある形で表現している。ヴァージル・アブローはシカゴから出るべくして出た才能ではないだろうか。
◎料金
一般 $15、シニア・教員・学生 $8、18歳以下は入場無料。
火曜はイリノイ州在住者のみ入館無料(身分証明を提示)
注)金土日は混雑が予想されるため前売券の購入が望ましい。
◎時間
月水木土日:10 am - 5 pm(最終入場 3: 30 pm)
火・金:10 am - 9 pm(最終入場 7: 30 pm)
◎会場
Museum of Contemporary Art (MCA) Chicago
220 East Chicago Avenue, Chicago, IL 60611
(312) 280 - 2660
◎公式サイト
Virgil Abloh "Figures of Speech"
(文責:斉藤博子 Text by Hiroko Saito)
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